野田焼古窯跡

竜野藩主(はんしゅ)脇坂氏の命令によって
作られた。
茶碗(ちゃわん)・皿・鉢(はち)などを焼いた。
1910年まで使われていた。
登窯(のぼりがま)は,窯(かま)全体が煙突
(えんとつ)のような働き(はたらき)をし,熱
(ねつ)が下から上にはい登るようになって
いて,温度が1000度にもなった。現在(げん
ざい),7室の焼き室のうち3室が完全な形で
残っている。